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即身仏の鉄門海上人が祀られる注連寺の歴史と拝観・お守り・御朱印情報【山形県鶴岡】

今回は、即身仏(ミイラ仏)の鉄門海上人が祀られている注連寺の歴史、拝観、お守り、御朱印情報などをご紹介します。注連寺と即身仏の鉄門海上人について知りたい人は、ぜひ読んでみてください。

目次

即身仏(ミイラ仏)の鉄門海上人の歴史と睾丸(金玉)事件

鉄竜海上人の読み方は「てつもんかいしょうにん」です。鉄門海上人は、1768年に山形県鶴岡市で誕生しました。鉄門海上人は鉄竜海上人と同じように左目を行きている際にくり抜き、目の疫病退散の祈願のために苦行しました。主に山形県の庄内を主として行動をしていましたが、北海道から関東と幅広く行動をしており、多くの信仰者をあつめていました。山五十川歌舞伎の始まりは、鉄竜海上人への感謝を表す芝居から派生したと言われています。

鉄竜海上人は71歳1829年の時に入定し即身仏(ミイラ仏)になりました。即身仏になるきっかけは鉄竜海上人の遊び人癖でした若い頃は多くの女性を抱いていたようで、よく男性同士での喧嘩も勃発。その際に勢いあまり相手の男性の息の根を奪う行動をしました、その反省のために逃げ出し、注連寺の本堂に駆け込んだのがきっかけです。そこで罪を償う目的で即身仏になることの決意をしたようです。

鉄竜海上人の決意はかなり高く、修行中に女性から性行為を求められた時に、睾丸(金玉)を自ら小刀で切り取り意志がなく、これを持ち引き返すようにいったという伝説があります。実はその睾丸(金玉)も現在即身仏と一緒に奉納されています。

即身仏の鉄竜海上人が祀られる注連寺の歴史

注連寺には鉄竜海上人の即身仏が祀られています。注連寺は平安時代前期の832年に空海が開基されたとされています。注連寺の名前は空海が桜の木に注連縄を巻いたことがきっかけとなっています。5月ころには七五三掛桜が満開となりとても綺麗です。毎年5月8日には追善法要が実施されます。

また注連寺本堂の天井には点区の図や水の精などの描かれており、天井画に注目です。また建物も立派な木造で高床式の構造となっています。森敦の小説「月山」の聖地としても有名です。昔は湯殿山の参拝は女人禁制でしたが、現在は女性でも参拝が可能です。

注連寺のお守りと御朱印

注連寺でもお守りや御朱印は販売されており購入することが可能です。注連寺のお守りは、現世利益や先祖供養の御利益などがあるようです。災害や生活苦の方はぜひ一度注連寺に訪れ御守りを購入するのも良いかと思います。
御朱印も手書きで用意されていますが、コロナ禍は休業などしているために、事前にHPなどで確認されるのがお勧めです。

注連寺の行き方 山口県鶴岡周辺宿泊地

お寺の名前注連寺
住所山形県鶴岡市大網中台92−1
拝観料金大人500円 中高生400円 小学生300円
駐車場有り50台分

注連寺は山口県の鶴岡市にあります。
鶴岡駅から車で30分 大綱下車のバスから徒歩25分のアクセスとなります。
鶴岡周辺にはいくつか宿泊用のホテルや旅館があります。
>>注連寺 即身仏 鶴岡周辺のホテルを見る



注連寺

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